2020-12-11 『生命のカミナリ』絵や日記帳やギャラリストを描く日常、言葉と絵とギャラリーが 自分の中で廻っていたりする。そこは モノが物として (者として) 観る事が 弱まってきたりしていて、空気中か脳の中か 模様みたいなモノが 見えやすい心境に入る。その為か、自分の頭の中の情報量が 三途の白川に流れていく。「最近 寝てる絵を よく描いてしまうんですよかね」→「アタシもよくそんな時期があったよ。皆んな寝てるね 。って言われていたわ」と 真っ赤な言葉を返された。小さなカミナリで うたれた時を 思い出す。
2020-12-04 日記帳展とは なんぞや!今回のdmは su-の角谷さんに お願いしました。どんなデザインか かなり楽しみです。楽しまないと ソンソンソン。↓加藤 智哉制作日記帳展/ ハマ・ノ・テ labo【期間】3月20日(土)〜4月18日(日)【open】11時〜18時【close】水木金【会場】お菓子とコーヒー研究室ハマ・ノ・テlabo※ご来場の際は 1 orderをお願い致します。
2020-11-26 オートマチックに思ってしまっていた事、意識してみて 気付くこと。気付いたからといって 否定までは しなくてよいこと。そこからまた 自分に集中していくコト。リアリティー ≠ 正解現代アート ≠ 最先端クラフト ≠ 癒し光 ≠ 潔白闇 ≠ 病ヒーラー ≠ 特別救い ≠ 無欲
気になる事を 言葉にする為に 身体や思考をつかって 行ったり来たりする。ある程度 言葉にしても 対話ができたり できなかったり。エゴみたいなのを ブツケ ブツケラレタら 「半落ち」みたいな感触になる。そんな事も含めて 自分と他者の理解があるのかな。光に惑わされて エゴが見えなくなってしまわない様に。
2020-11-24 「強いモノに支配されたく、弱いモノは支配したい。」人が 何処か気持ち的に追い詰められたりすると こういったリズムに 流されてしまったりする。 その追い詰められた状態は 周囲の目が気にもなるのだろう。対話と支配の違いの味噌。
2020-11-21 昨日は 写真家の藤安 淳さんと 久しぶりに会って ご飯を食べた。僕と藤安さんの出会いは お互いが ドイツ ミュンヘンの lothringer 13という場所で 展示をした事が きっかけである。僕がやって その一年後に 藤安さん。ギャラリーの事を聞きに 僕のところに 話に来たわけだ。そこから 会っては 色々な事を話す事になり、昨日は 共通の友人の話から 最近の自分の製作の事、そして 今度は一緒に ドイツやデンマークに行こう とか 話をした。そんな未来は 森の中を 歩いている様だ。
2020-11-17 『種子をうえる者』意味づけは 旅の意味を締め付けたり 広げたりする。時に烏賊として 時に種として 植物のモサモサや 溜池の培養具合に アクセスして 日常を省みるのも 午前中の風物詩でもある。